人類の進歩を阻む現代の政治経済

人類の進歩は科学の進歩と言って差し支えないだろう。火の発見以降、科学技術の進歩により人類は栄え、とりわけ産業革命以降は目覚ましい速度での進歩を遂げてきた。

 

科学の進歩をもらたすのは競争である。人類の歴史では長らく、競争とは戦争のことだった。鉄から火薬から、科学による軍用技術の進歩は戦争において圧倒的有利である。

とりわけ最大規模の戦争が起きるようになった近代では、進歩が目覚ましい。ライト兄弟がようやく12秒空を飛んだ1903年から、第一次世界大戦下の1915年には戦闘機が現れ、冷戦下の1961年に人類は宇宙にまで行った。有史以来の夢であった空を叶えてわずか60年足らずで、その先へ飛び出してしまうのだ。

 

しかし、冷戦が終わった1990年ごろから、暴力による戦争から経済による競争に様変わりした。

この新しい競争は人類の長い血塗られた歴史から比べれば、非常に平和的で健全であり、大前提として歓迎すべき変様である。

一方で、科学の進歩は足踏みしたように感じないか。1950-1980の冷戦下の30年と、1990-2020の直近30年では、家庭にある物で考えても、冷戦下では家電がすべて揃って圧倒的に便利になったものの、直近ではテレビが薄くなったくらいで、増えたものは少ない。

 

この人類の進歩の鈍化は、「経済による競争のルールが未整備」であり、「科学技術の優位が経済競争の優位に直結しない」ことが課題であると提起したい。

人類は一歩でも歩みを進めるべきであり、競争のルールは技術革新が最大のアドバンテージとなるものであるべきだ。戦争は、もちろん忌避すべきものだが、このルールを満たしている。

しかし経済による競争は、言うなれば「ズル」が横行している。新しい技術を開発するよりも、安い人件費と壊れたモラルで低コストのモノを作る方が効率が良く(例:日本家電vs中国家電、児童労働が多いファストファッション)、そもそもモノを作るより株など金融資産を転がす方が効率が良い(ピケティのr>g。最近流行ってないですけど重大な指摘ですよね)。

この2点を是正することで、経済競争をズルのないフェアにし、「経済競争=技術開発の競争」につなげることが人類の進歩に直結するのだ。

 

ごく少数の富裕層が富を独占して大多数の不幸な貧民を生み出し、「法律スレスレが一番儲かる」という俗言の通り振る舞うのが勝ち組となる現代。

技術革新以外でセコセコ儲けられる抜け穴を消すため、新自由主義と自己責任の洗脳から脱却し、グローバル企業の租税回避を取り締まり、株や資産の分離課税をやめ、最低賃金引き上げや所得の再分配強化をする。そうして「フェアな競争」の素地をつくる。

最近のSDGsの取り組みで、ようやく世界的にこの方向へ動き出したが、「SDGsを守らないと市場から退出させられる」ところまで取り組みの強化が必要だろう。