葬式の感想

妻の祖母の葬式に出た。

人の葬式に出るのは6歳以来、ひいばあさんの時以来で、自分の近しい人を亡くした経験がないまま29歳になったというのも、自分では割と珍しいと思う。

 

結婚式とほか数回くらいしか会ったことがない。ただ、感じたことを忘れないと眠らないし、忘れてしまうと人生的にアレなので、メモがわりに書く。

 

・出席者が子ども孫世代、当人の思い出もその目線から。

→自分の葬式に出るのは自分の子どもとか、それ以下の世代。2歳の子どもと、まだ産まれてない人たち。なんつーか、自分が当事者になるときの予想が付かない。

 

・死が当たり前であるかのような風潮

→葬儀屋も手馴れた進行で、火葬場も何部屋もあって何団体も同時並行。親族にとっては特別なことで、当人にとっては一度きりのことだが、世の中では当たり前ですよ感。1億人いれば1億の死があるのでその通りなのだが、今日それが初めてわかった。

日頃から、自分の死が恐ろしくて自分でとても受け入れられないし、身近な人の死もそう。それとのギャップ。

葬儀屋とか火葬場が悪いとか寄り添えとかそういう話ではない。

なんつーか、自分が重く考えすぎかもと一瞬思うが、たぶんそんなことはなくて、誰にでも重たい物なんだけど、乗り越え方に結論がなくてスッキリしない感じ。

 

・初めて見る遺体

→安らかな顔。ただ、なんというか気配ってもんは無いのが、初めての経験。

 

・2歳児から見て

→棺を閉めて送り出しをする時に、「最後だよ」と、なぜか理解して言った。まわりがそう言ってて聞こえたとかでもない様子。

→妻やら親族やら泣いてる中、「おばあちゃん泣いてるね」と言う。特に出席者の親族のおばあちゃんは泣いてなかったようだったし、送り出されるおばあちゃんは安らかな顔だが、そう2歳の息子は言っていた。たぶん、おばあちゃんも最後の別れでみんなと一緒の気持ちだったのを、息子には見えたんじゃないかな。

→みんなで手を添えて棺のフタを閉める時に「近くに行きたい!」と要求。なんか理解してたらしい。