賞レースにおける漫才の強さ

お笑いのネタの賞レースについて備忘メモをする。

 

ネタを作るときに、ボケを先に1つ1つ積み重ねて作るよりも、設定の部分やボケ以前の土台で勝ってると賞レースで強い。

また、見る人の方は思ったよりその土台の部分に占めるウェイトが大きい。面白かったとかそれ以前に変なとこ気になってたりする。

 

ピン

一種の分類だが、「ボケの形で自分で作った笑い」と、「先に「別の物」があって、それを基に作る方式」があり、後者の方が強い。

たとえばはなわガッツ石松のネタでは、猿に右フックしたエピソードは「別の物」が先にある形式、「暗闇で光る」とかいう部分が作られたボケの部分。
「別の物」が先にある方が面白い。

社会人やってて、作られたボケ部分に「そんなわけないだろ」と不自然さを感じてしまうようになった。

 

コント
近年キングオブコント等で強いのは、最初に設定等の土台の部分で一本取って、のこり3分を自分の土俵で転がしきるタイプが強い。

設定がベタで、ボケツッコミを積み重ねていくタイプだと、ボケた瞬間「この人はよく医者になれたなぁ」とか不自然に思ってしまう。

 

漫才

漫才には、ボケとツッコミがいて、「客がそういうものだと思っている」。これが最大の違いだ。日常生活でこんなやつおらんのに、作られたボケであっても成立する。

 

ネタを作る側からすると、作られたボケで作る方が圧倒的に簡単だし、密度も高められる。作り手への優しさと、ピンとコントが抱える不自然さというハンデ感から、漫才コントピンが混雑する賞レースでは、漫才が強いのだ。